入院から日常を振り返る

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入院は、体を治すだけでなく、心の向き合い方を変える出来事でした。

前立腺肥大で入院し、病院スタッフの皆さんの温かい看護を経験することができました。

それにより、普段の自分を振り返り、見直す心の余裕を少しながら持つことができました。

お互いの個性を尊重する

私のベッドは3階南側の窓側でしたので、外の景色をよく見ることができ、日差しも入ってくる明るい場所なので気に入っていました。

入院した日の、最初のあわただしさも少し落ち着いた夕方頃、景色を見ようとして窓際に立ち、外を眺めてみました。

3階ですので、けっこう遠くまで見渡すことができ、いつもと違う風景に新鮮さを感じました。

入院した病院は家にも近く、病院の近所もよく通りますので、外を見たらすぐになじみの場所が分かると思っていました。

ところが、すぐに分かるはずが、どう考えてもどこなのか分かりません。

ここはいったいどこなんだろうと、何度も頭の中を思い返しながら考えていました。

それでも分かりませんでした。

まるで、どこか遠くの知らない町の病院を訪れて入院したように感じました。

ようやく、眺める景色と頭の中が一致したのは翌日になってからでした。

窓の少し下や上には鳥たちが飛んでいるのが見えます。

それで気がつきました。

3階にいる私は、鳥の目線で眼下の場所や風景を見ていたのです。

言わば俯瞰していたのです。

なじみの場所でも、見る視点が違うとこんなにも異なった印象を与えるんだ、と驚きました。

それで思いました。

同じ場所でも、立つ位置が変わればまったく違う風景に見える。

人の考え方も同じで、立場や経験が違えば見える世界も違う──そう気づかされました。

それぞれの違いが出てきたときに、違いを正そうとするのではなく、お互いにその違いを認めることが大事なのではないかと思いました。

認め合うことが、それぞれの良い関係を保ったり、お互いに学びあえ、高め合うことに繋がるのではないだろうかと感じます。

そして確かにそれは必要なことではないだろうかと思い至りました。

みんな個性があり、一人としてまったく同じ人がいないことは確かです。

この多様性があるからこそ、お互いに刺激し合い、成長していくことができます。

みんながみな、まったく同じなら、きっとつまらないだろうなあ、思います。

入院してこのようなことを考えるとは、やはり少しの余裕が出てきたのだろう、と思いました。

入院して、もう一つ感じたことがありました。

それは、入院すると時間がたっぷりとあるようになる、ということです。

ですから退屈を感じるようになります。

日々、時間に追われる多忙な生活をしている現代人ですが、入院したとたんに、することが何もなくなります。

言わば3食昼寝付きの生活になります。

楽しみは食事になります。

朝食を食べ終わると昼食が楽しみに、昼食を食べ終わると夕食が楽しみになります。

自分からすることはほぼ何もありません。

必要なことはすべて看護師さんたちがしてくれます。

時間に追われることはなくなり、その反対に、急に時間がたっぷりとありすぎる生活になります。

まるで子供時代に返った感じがします。

子供時代を振り返って

子供の頃は、時間がゆっくり流れていました。

大人になると、時間は追いかけても追いつけないほど速くなる。

入院は、その流れを一度止めてくれる貴重な機会でした。

実際、現代の子供たちは忙しそうですが、私のころの子供たちは遊んでばかりいましたので、時間がたっぷりとありました。

遊ぶことが子供の仕事だ、などと言われていました。

確かに子供たちも、遊びによって人間関係を学び、人への気遣いも学ぶことができると思います。

さらに場合によっては、生涯続く友情関係を築くことも可能と言えるでしょう。

見逃せないのは、体力造りです。

子供たちは「勉強しろ」、といろんな方面から言われそうですが、勉強には体力が必要であることは、私も身をもって感じてきました。

集中して勉強すると、お腹が減ってきます。

意外と体力を使っているものです。

勉強のためばかりではなく、人生の中で注意を集中する場面はけっこう多くあると思います。

ですから、長い人生のためにも、体力を子供の時から培うのは良いことではないかと思っています。

自戒をこめて前立腺肥大を記録する

病室は4人部屋でしたが、同室の皆さんは何をしているのだろうかと少し拝見しました。

皆さんのほぼ全員が、テレビを見ているか寝ています。

もしかしたら老人ホ-ムとはこのような所だろうかと想像しました。

でも私は、入院中はテレビは見ない決意をしていました。

家では、NHKの朝ドラやその他の幾つかの番組を楽しみに見ていましたが、入院するとそれらに対する関心はなくなっていきました。

私はアイパッドを持ち込んでいました。

それで私は、前立腺肥大の病になったことの自戒を込めて、これまでに起きたことを思い起こして記録しました。

さらにその時に自分が感じたことや考えたことなどを克明に記すことを心掛けました。

そのようにして、入院生活での暇な時間をなくするように心がけました。

それでも時間がたっぷりとありました。

でもそのお陰で、思いがけないことでしたが、このブログもしっかりと正確に記すことができています。

遠くに見える木々からの励まし

前立腺肥大の手ために入院した2番目の病院での私の病室も、最初の病院と同様に3階の南側の窓のそばでした。

ですからとても気に入っていました。

いつもとは違う風景が、遠くまで広がって見えます。

病院の下の道路を見ると、朝には、この病院の看護師らしき人たちが歩いてやってくるのが見えます。

このような風景をぼんやりと、飽きずに眺めていました。

時にはぼんやりとするのは良いことではないかと思いました。

普段は、時間に追われて、しなければならないことを考え続けて疲れてしまいます。

時にはそのようなことから離れて、何も考えずにぼんやりすることは、心の栄養になるのではないだろうか思います。

何も考えないようで、実は頭の中はあれやこれやと考え続けているからです。

多分、自分の内面、心に注意を向けているのだと思います。

そして反省したり、リセットしたり、新たな決意を抱いたりするなどのことを考えているのではないかと思っています。

ぼんやりする時間は、心の掃除のようなもの、ということもできるでしょう。

ですから、時には頭をぼんやりさせて、自分の心に注意を向けることは、自分の成長に欠かせないものだと思っています。

3階の病室の窓から、少し遠くに目をやると、こんもりとした小さな森のような景色が見えます。

そこの木々を飽きずに眺めていることも好きでした。

木々は風に揺られてなびいています。

少しのそよ風ならほんの少しだけ揺らぎ、楽しそうに見えます。

大きな風が吹いていると、情景を変えて大きく揺らぎますが、必ず元に戻ります。

その様子を眺めていると、私もしなやかに生きていきたいものだと感じさせてくれます。

世の中の様々な出来事に翻弄されながらも、決して自分を見失わないようにしようと元気づけてくれます。

まとめ

入院生活による時間を活用することにより、

  • 一人一人の個性を尊重することの大切さ
  • 子供時代の遊びの大切さや、自分の心に注意を払った記録の大切さ
  • 世の中がどんなに大変になっても、自分を見失わないようにする生き方が大切であること

入院は、体を治すだけの場所ではありませんでした。

自分を見つめ直し、他者を理解し、心の軸を整える──そんな時間でもありました。

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